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ロビー邸@シカゴ〜この夏の旅(2)

こんばんは、Yuです。8月の中旬から2週間ほど、研究の都合でアメリカへ行ってきました。最初に訪れたのはアメリカ第3の都市、シカゴ。パリからは直行便で9時間半のフライトです。初アメリカ、英語どうしよう…という緊張と不安を拭い去るために、BGMはアメリカの作曲家ガーシュウィンの《ヘ調のピアノ協奏曲》(1925)をセレクト。この曲は2010年バンクーバー五輪のフィギュアスケートで使われて注目を集めましたね。

さてシカゴに降り立ってまず目を引くのが、

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Skyscrapers(摩天楼郡)!

ダウンタウンの北側を中心にそびえ立つそれらの中には、
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マリーナシティのような特徴的な建築物が多数存在します。

街の東側にはミシガン湖もあり、ネイビー・ピアのような観光名所も見られます。
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そして、ミレニアム・パークの夜景は圧巻。
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パリではなかなか見られない景色です。

このように近代的でハイカラなエリアを尻目に、今回私はダウンタウンの南側に位置する、ハイドパークという地区を訪れました。ハイドパークの周辺エリア(サウスサイド)はあまり治安が良くないとされているため、#6の急行バスで移動です。
ダウンタウンからバスに乗ること25分。シカゴ大学へ到着です。
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高層ビルが所狭しとそびえ立つダウンタウンとは対照的に、緑の中にレトロな雰囲気を持つ建物が並び、整然とした印象を受けました。治安さえ大丈夫であれば、とても住み心地が良さそう。
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シカゴ大学の敷地はとても広くて、図書館や研究棟がたくさん。
開架図書が充実しているレーゲンスタイン・ライブラリーや、
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自然光の取り入れが意識されたガラス張り設計のマンスエト・ライブラリー(図書閲覧には、ちょっと眩しすぎたかも)。
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これらの図書館から少し南へ行った所に、フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wright(1867-1959)の代表作であるロビー邸 Robie House(1908-1909)があります。

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プレーリー・スタイル(草原様式)という低層で水平な造りが特徴。ライトは20世紀初頭以降、シカゴ周辺にこの建築様式を持った住宅を多く築いています。特に西部のオーク・パークは有名。残念ながら今回は時間切れでそこまで行けませんでした。私は大学のマップを見てぱっと立ち寄り、ショップを覗いただけだったのですが、予約制のツアーもあるようです。が、結構良いお値段(特にプライベートスペースのツアー)。ショップで売っているグッズも若造にはなかなか勇気のいるプライスでした。

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ちなみにロビー邸建設当時、ライトの私生活は女性関係で相当荒れており、家族を置いて愛人(のちの2番目の奥さん)とヨーロッパに出かけたりしていたそうで、その体験が彼の建築様式にも影響を与えたと見る向きもあるようです。Yuが今回の滞在中に仲良くなったシカゴ住民のナンシーおばさんは「彼は天才だったけど、人格面では破綻してたのよ〜、エキセントリック!」と言っていたのですが、本当だったんだ…(^^;)
次回に続く。
Yu

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シャルトル


こんにちは、Yuです。
日がどんどん長くなってるこの頃、お出かけにぴったりな季節になりました。
変わりやすく少し不安定な天候なので、傘は必須です。

先週末に、かねてから訪れたかったシャルトルへ行ってきました。
パリの南のターミナル、モンパルナス駅から郊外電車で1時間強。

この日も寒くてお天気が不順でしたが、束の間の晴れ間にパシャリと撮影して来ました。
まずは、西側の扉。
塔の形から、ロマネスク様式とゴシック様式が混在している様子が分かります。
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そして、ステンドグラス。
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聖母子像の前では信者と思しき女性がお祈りをしていました。
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お昼を食べた後に、中世の名残ある街を散策しました。ウール川から大聖堂の方面をパシャリ。
奥行きのあるカテドラルです。
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また夏休みに入ったら、少し旅行をしてみようかと考えています。
どこが良いかな。。。

Yu

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ロワールの城巡り(2)

お彼岸も中日を過ぎて、一気に秋めいてきました。こんばんは、Yuです。
前回に引き続き、ロワール一日観光の続きを記します。
クロ・リュセ城を見学した後、昼食を挟んで一行が向かったのはシュノンソー城とシャンボール城でした。

例によって例の如く、写真の掲載がやや多いため、今回はシュノンソー城を取り上げることにします。
まずは外観。もはやお約束のように工事中です……(^^;)
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この日は、滞在中で最も暑かった日でした。32℃くらいだったでしょうか。湿度は低いのですが、日差しが強くて参りましたね。ただ、向こうでは日傘を差す人はほとんどいなかったため、Yuも郷に従って(?)帽子で耐えることにしました。

シュノンソー城は1513-21年に建設され、王の財政出納官であったボイエの妻、カトリーヌ・ブリンネなる女性によって管理されていました。しかし、フランソワ1世の息子であるアンリ2世(在位;1547-59)の治世になると、メディチ家から嫁いできた彼の妻カトリーヌ・ド・メディシス(1519-89)と、愛人ディアーヌ・ポワティエ(1499-1566)の間で、この城の奪い合いが行われていたそうです……いやはや…すさまじい三角関係…(^^;)

アンリ2世(H)とカトリーヌ(C)、そしてディアーヌ(D)の3人を表わしたのではと言われているのが、ディアーヌの居室にあったこの文様。3人の頭文字、H、C、Dが組み合わさっているように見えます。ただ、誰が何のためにこのようなドロドロの三角関係を象徴する文様を編み出したのか…ふらっと参加した私になど到底分かるはずもなく。
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ディアーヌの居室から奥へ進むと、今度は広いギャラリー(回廊)に出ます。
この下を流れるのが、ロワール河の支流であるシェール川。ギャラリーの窓から見ることができます。
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ディアーヌがシェール川の上に架けた橋の上に、カトリーヌが後から建造したというこのギャラリー。カトリーヌによってイタリアの様式が取り入れられているそうで、クロ・リュセ城と同様に、ここでもフランスの様式とイタリアの様式の邂逅が垣間見られます。
広々とした解放的な空間はとても魅力的でした。時間にゆとりがあれば、ゆっくり川の流れる風景を楽しみたかったな(苦笑)

他には、ルイ14世のサロンというお部屋も。1650年7月14日にシュノンソー城を訪問した記念として、当時の城主であった叔父のヴァンドーム公セザールに様々な調度品を贈ったのだそうです。豪華絢爛♪
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次はシャンボール城を取り上げます。

Yu

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ロワールの城巡り(1)

今回は、前々から何度も予告をしていたロワール・ツアーのお話です。

2週間のパリ滞在の間、ずっとそこに留まっているのもどうなんだろうな…でも、改めてショート・トリップを計画している暇もないなぁと思い、図書館が実質的にお休みになる日曜日にパリ発のバスツアーに参加することにしました。夏休みだしギリギリで予約はできないかも…と思いましたが、とりあえずマイバス社さんのところへ伺ってみることに。以前、ヴェルサイユ宮殿に行った時にも利用したことがある、現地ツアーの老舗です。

モン=サン=ミシェルなど色々なツアーがある中で目に留まったのが、ロワールの古城巡り。最近、観光スポットとして注目が集まりつつある場所です。

パリから南西約200キロに位置するロワール地方は、フランス最長のロワール河が流れる農工業の盛んな地域です。バスでの移動中にも多くの畑が見えたのですが、ガイドさんの話によれば、気候も植物が育つのに丁度良いそうで。

そのロワール地方の中でも、シュリー=シュル=ロワール(Sully-sur-Loire)とシャロンヌ=シュル=ロワール(Chalonnes-sur-Loire)の間に位置するロワール渓谷(Val de Loire)には、多くの城が残っています。イギリスとの百年戦争(1337-1453)の後半、イギリスの領土支配が強まる中で、シャルル7世(在位:1422-61)がこのロワールに宮廷を築いたことに由来します。その後、ジャンヌ・ダルクの出現と活躍もあって、勢力を盛り返したシャルルは正式なフランス王になるわけですが、ロワール地方では、以降の王族も次から次へとお城を建てるようになりました。それと共に、当初は要塞という、いわば軍事目的重視だった城も、イタリアのルネッサンス様式の影響も受けるようになり、芸術文化の拠点へと変化して行ったようです。

自力で行くとなると、最寄りはトゥ―ル駅になるのですが、何しろ一つのお城の敷地も広大ですし、各城の距離も離れているため、レンタカーでも使って移動しないととても観光などできません。あいにく私には、そのような行動力はおろか運転免許もないので、バスツアーで参加するにはうってつけの場所だったのです。

300以上も点在する城のうち、日帰りツアーで巡ったのは、クロ・リュセ城、シャンボール城、シュノンソー城です。たったの3か所とはいえ、弾丸ツアーでした。

クロ・リュセ城は、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が最晩年に滞在した場所です。代々のフランス国王の居住城あるいは別荘であったこの城で育ったフランソワ1世(在位:1515-47)が、ダ・ヴィンチのパトロンとなって彼を招いたのです。フランソワはイタリア政策(出兵など)を積極的に行った人物であったようですから、その時にイタリアの文化も導入されフランス・ルネサンスの開花につながったのでしょう。
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建物内の展示は、ほとんどがダ・ヴィンチに関するもの。

ダ・ヴィンチの寝室(家具は再現)
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彼の発明品の模型(実用化には至らなかった)
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秘密の地下通路(フランソワ1世の住むアンボワーズ城と繋がっており、フランソワはダ・ヴィンチとの面会の際に使っていたらしい)。
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中庭も綺麗に整備されていました。噴水とたくさんの花♪
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遊んでいる子どもたちが可愛らしかったです。

次に続く。

Yu

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パリのマダムは建築家(2)

すったもんだの末、出発直前にようやく連絡が取れたパリの建築家のマダム(前記事参照)。
2週間のルーアン滞在中に、やっと待ち合わせなどの約束を取り付けることになりました。ギリギリだけど、結果オーライ。エージェントの対応に不満はあるにしても、一応仕事はしてくれているし、そもそもそういうお国柄なので仕方ありません。

ルーアンを発ってサン=ラザール駅に着いた後は、荷物も多かったのでタクシーで直接マダムの家へ伺うことにしました。その際に、サン=ラザールから電話をすることに…面識のない人といきなりの電話は、ジェスチャーに頼れないため相当不安でしたが、何とか駅に到着した旨は伝わったのでよし。

マダムのアパルトマンはパリの外れ、17区にありました。あまり観光スポットもないため、本当に閑静な住宅街といった感じ。
そしてアパルトマンはエッフェル塔と同い年(1889年)に建設された歴史ある建物ということで、過去の有名な住人の紹介もされていました。画家ピエール・カリエ=ベルーズ…ロダンと関わりのあった彫刻家(アルベール)とは別人です。うーん、ちょっと知らない(^^;)
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パリの外れと知った時は、治安の面でいささか不安はありましたが、本当に人通りも少なくて静かなところだったので、落ち着いて過ごせました。が、何と家の中は絶賛工事中!!リビングの床には養生のシートが…

パリの観光名所へ行くと、どこかしら修復作業がなされている施設があると思うのですが、それは歴史あるアパルトマンに住む一般家庭も同じ。外観を変えずに、中だけを綺麗に手入れをする…。現に、お風呂場はステンレスの最新設備が整えられていました。

「トラヴォー(工事)ですか?」と聞くと、「夏休み中にリフォームをするのよ」と張り切って答えるマダム。業者さんに頼むのかと思いきや、自ら工具を持ってきて、作業をし始めました。建築士って言ったって、そこまでするのかと…衝撃!!
もちろん、壁や床などをいじる際は、きちんと大工さんを呼んでいましたが(作業日は騒音がうるさいので、外出するように勧められました)。

大工さんへの注文も、かなり細かく手厳しいものだったのですが、これは建築士という立場以前に、マダムの気丈さの現れだなと思いました。フランスは日本以上に女性が強い…と改めて実感。

ところで、お世話になったご家庭には、マダムの他に、大学生と高校生のお嬢さんが2人いました。もちろん事前に知らされていたのだろうとは思いますが、下のお嬢さんは私を見るなり、「え、外国人?」とビックリしていました。いや、そこから驚かれてしまうと、もはや私はどうしたら良いのかと…?

パリでのステイはビジネスライクと噂されているとはいえ、明らかに様子がおかしいので、「日本人は初めてなのか」とマダムに聞いてみました。マダム曰く、普段はホームステイの受け入れをしていないとのこと(爆)
お嬢さん達の困惑具合もよく伝わって来たので、これが初めてのステイだったら、コミュニケーションを図りかねて、間違いなく逃げ出していたでしょう(苦笑)

が、「私は他にやることがあってココに居候させてもらっているわけだし、そもそも、安全に眠れるところがあるだけでも良い!」というスタンスを貫き、絶対に自分のペースを崩しませんでした。要するに、こちらもある意味でビジネスライクを通したわけです(笑)

結果的に、そのくらいの距離感が丁度良かったようです。滞在も後半になると、お嬢さん達もだいぶ私に慣れてくれたようで、夕食時の会話も弾むようになりました。もっとも彼女たちの会話は、いわゆる若者言葉だったので、細かい内容はほとんど聞き取れなかったのだけど…速すぎ…(^^;)
帰る時に手紙を渡したらとても喜んでくれました。後からFacebookで私のことを探し出して、申請もしてきてくれましたし。冷たいのではなくて、本当にどう接して良いか分からないだけだったのでしょう。

留学生を受け入れ慣れていないご家庭にお邪魔させてもらったことで、かえって本来のフランスの一般家庭を知ることが出来たような気がします。国が違っても、どこの家庭も同じようなことで喧嘩したり、笑ったりするんだなぁと。変な体裁や気取りもなく、自然な流れの中で、文化交流(社会問題に対する意見交換、流行りのものの紹介)が出来たことも嬉しかったしね。

帰国の朝の私のお部屋。ここも今月は工事しているそうです(爆)
Ma chambre

Yu

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Author:taka276
(有)楠建築設計事務所です。
ぜひホームページも合わせてご覧ください。
http://kusuarc21env.web.fc2.com

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